築54年「いなさん団地」の再生戦略を独占取材【2022年9月号】

  2022/9/6
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昭和時代の遺産とも呼ばれる団地は、居住者の高齢化、建物や設備の老朽化、空き家問題など、全国的に共通の課題を抱え衰退していく団地も少なくない。そのなかでも斬新なアイデアなど秘策を用いて若い世代を呼び込んでいる、いわゆる「団地再生」への取り組みが注目されている。千葉市美浜区に建設された稲毛海岸三丁目団地、通称「いなさん団地」もその一つ。築54年が経過した現在、全768戸のうち空き家率は13%、今後も減少する見込みだという。「いなさん団地」ではどのような取り組みで団地再生を目指してきたのか。稲毛海岸三丁目団地管理組合法人の理事長・草刈徹さんと、理事・塩田久嗣さんにお話を伺った。

コミュニティー力と住環境整備で築80年を目指す

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大規模修繕とリノベーションで世代交代へ

1968年に建てられた「いなさん団地」は5階建て27棟、約8万4千平米の敷地内は緑が多く四季の移り変わりが感じられる。都心の団地と比べてスペックが高く一室当たりの面積が広く48~68㎡とゆったりとしたつくりだ。

駅からの徒歩での所要時間は京成稲毛駅から約12分、JR稲毛海岸駅から約10分と人気のエリアにあり、古さを感じさせない住環境の整備によって、終の棲家として長く暮らしている方々の満足度も高い。その一方で、空き家対策事業推進の一環として、NPOちば地域再生リサーチや日本総合住生活㈱とタッグを組んだプロジェクトでは、デザイン性の高い賃貸リノベーションルームで新たな入居者を呼び込み、着実に世代交代を進めている。

理事長の草刈さんは「住環境が整ったビンテージマンション」を目指すに当たり、重要なのは建物の維持管理だと話す。「2017年の大規模修繕では、住民アンケート調査で要望が多かった窓サッシと玄関扉の交換を全戸で実施しました。耐震性の高い玄関扉に替えたので、災害対策になっただけでなく塗装などメンテナンス費用の削減にもつながりました。排水管、給水管も交換し老朽化対策に努めています」。

大規模修繕の費用は約11億円。修繕費積立金を充てても不足分が6億円となりこの分は住宅金融支援機構から借り入れて、8年間の返済期間は修繕費積立金を値上げしないということで住民の合意を得た。「何事も住民の理解がないと進められませんが、みなさんは団地の運営に強い関心を持ち、資産価値を下げないために何をするべきか一緒に考え、力を貸してくれます」と草刈さん。

団地再生のカギは住民の意識の高さとコミュニティー力

バブル期の終わりに大手企業から建て替えの提案があったという「いなさん団地」。建て替え費用や引っ越し代など住民の負担金は一切なく建て替え後の新築マンションに住めて、資産価値は約5倍に上がるという夢のような話だった。

しかしバブルが終わると計画の諸条件が変更になり、住民の負担が増えたことで計画は白紙に。そこで団地の資産価値の維持向上をはかるためには、この先どうするべきかと考えたときに「団地の寿命と言われている築80年まで快適に住み続けられるように住環境を整えていく」と目標が定まり、住民の気持ちが一つになったという。大きな挫折を乗り越え「自分たちの団地は自分たちの手で」と住民の意識が高まったのだ。

大規模改修の際に立ち上げられた「稲三サポートの会」は、工事の前後のベランダの片づけなど、高齢者を手伝うボランティアサークルとして発足した。現在30名が在籍し、引き続き高齢者の買い物や通院の付き添いなど日常生活をサポート。ほかにも花壇の植え替え、植栽の手入れの一部は各サークルが行うなど、コミュニティー力も団地の魅力の一つとなっている。

HP開設で利便性アップへ

管理組合は5年前に法人化され、団地内に自販機、宅配ボックスを設置するなど新たな事業展開を開始。3年前には情報発信のため稲毛海岸三丁目団地のHPを立ち上げ、SNSではFacebookやYouTubeも活用している。

ごみの分別回収やくらしのトラブル窓口の案内など役立つ情報も掲載され、HP閲覧数は月平均1300ページビューと団地HPとしてはアクセス数も多い。「HPでは管理組合の最新情報がチェックできるほか、外来駐車場の予約、イベント情報、組合員名簿・入居者名簿の登録、議決権行使書の提出などもネットから可能になり利便性が高くなりました。諸手続きがネットで完結できるようになってはいますが、一方で従来通りの手続きも可能です」と塩田さん。ネットを使う方にはより便利に、同時にネットを使わない方々が不便にならないようにと考えられている。

災害対策で安心感を

自治会と連携した災害対策も管理組合の大切な役目であり住民の命を守り、安心して住んでもらうための取り組みだ。水質検査をクリアした井戸からは水源を、集会所屋上に設置された蓄電池付き太陽光パネルからは照明や電源を確保。避難訓練は年間2回実施し、初期安否確認として「無事ですカード」をドア外側に貼り出すことの周知にも努めている。

空スペースを有効活用し「開かれた団地」へ

今後、改修工事が予定されている団地内の公園は、従来の閉鎖的なイメージを一新し、近隣の方々も気軽に立ち寄れる憩いの場として生まれ変わるという。
 ほかにも空いた駐車場を使ってカーシェア、レンタサイクル、今は使われていない給水塔のポンプ室に児童図書館、コンビニ、コインランドリー誘致など、時代のニーズに合ったサービスの導入を検討中とのこと。既存のスペースを有効活用し、周辺の新築マンションの住民にも活用してもらえるようなアイデアで「開かれた団地」を目指し、訪れた多くの方々に団地の魅力をPRしていきたいという思いだ。

情報発信で地域と共に活性化

団地管理組合12団体が参加する海浜地区の情報交換会は年4回開催され、団地活性化のモデルケースとして「いなさん団地」へ視察に訪れる団体も。「先駆けとなっている多くの取り組みや成功例をどのように情報発信していくのか、それがこれからの課題の一つです」と草刈さん。
「マンションは管理を買え」と言われるほど維持管理はマンションの価値を決める重要な要素となっている今、HPやSNSを駆使して情報を拡散することは、団地の魅力や資産価値向上だけでなく、その地域に住む人を増やし地元の活性化にもつながっていく。管理組合と住民が力を合わせてつくり上げているコミュニティー「いなさん団地」、今後の試みにも注目したい。

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