今月の人「元プロ野球選手の新たな挑戦」丸山 一仁さん【2022年12月号】

  2022/12/6
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以下は 1 年前に書かれた内容です

スポーツコミュニティースクール設立目指して奮闘中

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1960年生まれ、愛媛県出身。丸山一仁さんは、上浮穴高から近大を経て1983年にドラフト5位で千葉ロッテマリーンズへ入団。現役時代は伝説の10.19を経験するなど6年間活躍した後、1989年の選手引退後は球団職員に転身。球界初の金田正一監督専属広報やボビー・バレンタイン監督時代のフロント広報を始めとする球団の要職を歴任した。2020年に球団を定年退職し、現在は地元でのスポーツコミュニティースクールの開設を目指し準備を進めているという。また、2年前からは長男が所属する地元の少年野球チーム「幕張ヒーローズ」でコーチを務めている。
 
丸山さんが子どもたちの育成について真剣に考えるようになったのは、中国で野球を教えた経験がきっかけとなっている。当時、中国は北京オリンピックを控え新しい球場を建設するなど野球に力を入れていた時期であり、2005年にはCBL(中国野球リーグ)からNPB(日本野球機構)へ「各地域のチームを指導してほしい」とオファーがあった。丸山さんはロッテ球団の野球振興事業として中国へ渡り、江蘇省無錫市のチームを担当した。そこには地域から選抜された10代後半の選手が集められていが、実際は基礎もできていない状態だった。丸山さんはまず「野球とはなにか」を教えた。ボールの握り方や身体の使い方からスタートし、体力づくり、ノック、サインプレーと、段階を経て試合に臨んだが、しばらく成績は上がらなかった。

ある時、なかなか上達しない選手から「丸山コーチは日本人だから野球がうまいんだ。自分は中国人だから下手なんだ」と言われショックを受けた。丸山さんは「私は君を野球人として扱っている。野球人は野球でつながるものだ。君がそれを拒否するなら私はもう日本に帰る」とキッパリ。「その子は上手くなりたいけどなれなくて、コーチに対して申し訳ないという気持ちがあったのでしょう。もともと本音でぶつかれない国民性もありますから。でもその後『もう一回やらせてください』と泣きながら頭を下げて来ました。そのとき私は本当にうれしくて『わかった。絶対上手くなるから俺について来い』と抱きしめたんです。野球人として心が通じた瞬間でした」。この経験が今の丸山さんを突き動かしている。中国では足かけ7年間野球を教え、丸山さんたちが日本へ帰るころには中華人民共和国全国体育大会で表彰台に上がるほどチームは強くなっていた。

丸山さんは野球で培った経験やスキルを地域や人のために使うことを使命とし、現在はスポーツコミュニティースクールの開設を目指して奮闘中。子たちがスポーツを通じて多様な人と交流しながら人間性を養い、やりたいことを見つけられる場所をつくること。その先には「地球人教育」を世界的に広めたいという大きな夢があり、スクール設立がその最初の一歩となる。「人間は考え方が違うと争いになります。今は宇宙に行く時代ですから、国や人種も関係なく同じ地球人としてお互いを認め合い協調していくことが尊い。この考え方を共通概念とする必要があると思うんです。第二の人生、一分一秒を『地球人教育』の土台づくりに使っていきたい」と意欲的だ。

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