地元稲毛区在30年!川淵三郎キャプテン独占取材【2024年11月号】
サッカーJリーグの初代チェアマンであり、日本サッカー協会会長や日本バスケットボール協会会長を歴任、昨年はスポーツ文化発展への貢献が評価され、文化勲章を受章するなど日本スポーツ界に数々の功績を残してきた川淵三郎氏(87)。強い発言力と強烈なリーダーシップで様々な競技の発展に尽力してきた。そんな川淵氏は実は稲毛区在住30年以上ということもあり、サッカーのことや千葉への思い、今後のこと等話を2回にわたってお届けする。今回はその前編。(取材/2024年10月8日 東京都内 日本サッカー協会にて)
川淵三郎キャプテン独占インタビュー
稲毛新聞(以下・稲)いきなりですが雰囲気がとても若々しいですね。今年88歳になるとは思えないほどお元気ですね。
川淵三郎(以下・川)ここ数年足腰の衰えを実感しました。特にコロナの時はステイホームだったので、しばらくスポーツジム通いをしました。鍛えるというよりは健康維持ですね。
稲・大阪生まれと伺いました。その川淵さんが何故稲毛に居を構えたのですか? 千葉に何か縁があったのでしょうか?
川・神奈川県の藤沢に家があったのですが転勤で名古屋や北鎌倉に住んでいました。今の家の前に住んでいたこの北鎌倉という土地は湿気が凄くて、カビに悩まされ、このままでは健康を害すると思いどこかに引越ししようという時に、古河の後輩が紹介してくれまして、以来30年以上ここに住んでいます。
稲・千葉の住心地はいかがですか?
川・都心にも適度な距離だし、何しろ野菜とか食べ物が美味しいですよね。本当に来て良かったと思っています。思い出深いのは、Jリーグが開幕する年のバレンタインデーに、近所にある千葉北高校の女子生徒から突然チョコレートをもらったことです。Jリーグ開幕直前だったと言うこともあって、少しは私も名が知れたのかと印象深い出来事でしたね(笑)。それと、家の前を通る高校生が「川淵三郎の家って意外に小さな家だなあ」なんて話していたこともありました。豪邸に住んでいるとでも思われたのかな(笑)。
稲・この夏のパリオリンピックでサッカーは男女ともにベスト8でした。この結果については?
川・男女とも決勝トーナメントには行けると思っていました。男子は最後はスペインに負けましたが、これは運、不運もありますから。よく頑張ったと思います。
稲・バスケットボールは残念な結果でしたが…。
川・あのフランス戦、最後のあの判定はちょっと不可解でしたよね。あとわずか辛抱出来れば勝てた試合でした。でも間違いなくレベルが上がったと言える試合でしたね。そこは満足しています。
日本サッカー界の進化
稲・サッカーの話に戻りますが、ご自身が現役の頃と比べサッカー界は変わりました。最も大きく変わったことは何だと思われますか?
川・サッカー専用のスタジアムが今は20ヶ所以上あるんですね。昔は三つしかなかった。こんなにできるなんて夢にも思わなかったですよ。あとはサッカーを取り巻く環境ですかね。昔は公園などで子どもが遊んでいて、そこにサッカーボールなんて無かったですから。今は小さい頃からサッカーに慣れ親しんでいる子どもがたくさんいます。小学生が凄く上手いですよ。こっちがびっくりするくらい。
稲・日本はワールドカップで優勝することは可能でしょうか?
川・可能でしょう。サッカー協会は2050年までにという目標を掲げていますけど、もっと早く優勝できる可能性もあるでしょうね。今も多くの日本人選手が欧州のトップリーグに在籍していますが、そこで20人くらいがレギュラーを張るくらいになれば可能でしょう。
稲・Jリーグ開幕から今年31年目、初代チェアマンとしてどのような思いですか?
川・地域に根差したスポーツクラブというJリーグの理念が浸透したことは嬉しいですね。まあ当初は読売の渡邉恒雄さんと意見の違いがありましたけど、多くの方々にご理解いただけましたね。あとは芝のサッカー専用グランドが増えたことも喜びです。
稲・地元のジェフ千葉はオリジナル10(Jリーグ開幕時参加の10クラブ)ではありますが長いことJ2に低迷しています。古巣(古河電工)でもあるジェフに対してどのような思いですか?
川・ジェフの試合は必ず見るんです。ちょっと物足りないのは迫力が感じられないと言うか、貪欲さがないと言うか。昔は今の選手と比べると下手だったんだけど、ひたむきさがあった。ひたむきさは一番大切な要素だと思うんです。
稲・今年東京ヴェルディが16年振りにJ1に復帰、Jリーグ開幕戦だった横浜Fマリノス戦も実現しました。ジェフに期待することは?
川・私が生きている間に(笑)J1昇格してほしいですね。
稲・歴代代表監督で印象に残っている人物はいますか?
川・私が関わったのはオフトからで、プロを経験していない日本人の指導では無理だと思ってオフトを呼んだんです。以降加茂、岡田、トルシエ、ジーコ、オシムあたりまで一緒にやりました。まあ最初に関わった人物ですし、非常に紳士だった。ギャラに文句も言わなかった(笑)オフトは思い入れが強いですね。
※お話はまだまだ続きます。次回12月6日号をお楽しみにしてください。